桑名紗衣子展
“Edit Region/In the Room”
桑名紗衣子は陶を素材として虎の置物、窓、柱など私たちがどこかで見たようなものをモチーフに作品を作っている。桑名の作品の新鮮さは選ばれたモチーフを奇抜に合体させる組み合わせの面白さと、それがレディメードのコラージュではなく陶という他の素材に置き換えていることにあると思う。例えば窓のシリーズで阿弥陀ヶ滝をモチーフに取り入れた作品ではバロック風な古典的でデコラティブな形状の窓にLOVEと書いた現代風のカーテンが下がっている。 下がり方も古典的な窓に相応しくないぞんざいな印象でステージか人形芝居の緞帳が半分開いているようでもある。窓の向こうに北斎の『諸国滝廻リ』に出てくる日本の古典的な滝が覗いている。あるいは様々な様式の柱を組み合わせた「For New Palace」という作品では一見古典的な西洋の柱がモチーフのように見えるが実際には東洋の柱を思わせるものもあれば、柱とは関係のないティーポットのようなものも差し込まれている。様々な要素がしっくり1つのオブジェとして空間を支配する。
「引用の美術」ということであれば、その政治性とか意味の解体などが作品の重要な要素となるのであろう。一方、桑名の作品で選ばれたモチーフの多くは狭い意味に縛られることの少ない世俗の流行やスタイルの形象に依っている。その分、選ばれたものから限定的な意味は抽出しにくい。それはポストモダン建築にあるような様々な様式を掻い摘む引用でもなく、むしろ「不思議の国のアリス」を読む面白さに通じるものがある。 つまり見る側がその意味を考え込む前に、興味のもてる対象として対峙できる立体造形としての魅力があり、組み合わされるものから作家の深い思索も感じつつ、意味が限定的でない分、見る側が空想の幅を広げることが可能になる。素材が陶に置き換えられることも引用のコラージュというよりも難なく形の面白く、不思議な造形物として捉えることを容易にしているのであろう。
実際のモチーフを陶で作ることの利点は他にもある。陶は必ず引用されたものの素材感を表現することはできない。量産を前提としない限り、むしろ焼きあがるまで大きさや形状をコントロールしきれる素材でないため、どこか手でつくった風合いが作品に出てくる。 同時に素材としての脆さも印象として出てくるものである。ラウシェンバーグのコンバインのような生の物のリアルさなど、引用した本来のモチーフのストレートな形状の重さはそこには無く、むしろ桑名の作品には様々な様式・文化・風景・モチーフを何でも描きこむことのできる手作りTシャツのような自在さとモチーフから見て取ることのできる流行やスタイルなど表象の脆さのようなものの表現が獲得できているのではないだろうか。
今回の展覧会ではギャラリーを家の空間のような場所に見立てて作品を展開する。私たちの家とはそこに住んでいる人がそれぞれの歴史的な背景を一つ一つ検証するまもなく趣味や好みで選んだものに囲まれているスペースだと思う。その場所に住んでいない人から見れば必ず自分とは異質な不思議なものが存在する場所であって、そこは桑名の作風に本来的に近い場所であると思われる。桑名の作品によって、ギャラリーはどれほど奇妙な異質な場所に変化するのか、楽しみな展覧会だと思う。
担当: 近藤俊郎 (ART FRONT GALLERY)
編集・掲載元: ART FRONT GALLERY https://www.artfrontgallery.com